ほんとはずっと寝ていたい。

書けることがあるときだけ書くかもしれない。

妹の結婚と初めての体験。

そろそろ生まれて半世紀にもなろうかという年齢ながら、友人の結婚式には通しが1度、二次会には1度しか参加したことがなく、それ以外は全て親族の式で覚えてる限りあのひと方の従兄弟達2回、母方の従兄弟1回で合計3回だけ。

私はそんな状態だったけど妹が遂に結婚することになった。

事の次第

彼氏とは1年程同棲もしていたし、妹自身その時点で既に30を超えていたし、何よりあのひとがやたら結婚はいつなのかと母にうるさかったらしく、ウンザリした母が妹に父の様子を訴えて。

当時まだ職業的に不安定な状態だった彼氏(現義弟)と相談の末、彼氏の実家からの援助含めてなら当面生活出来る見込みであるとのことで、ようやく決まった話。

帰宅したら勢揃いで何やら話をしているのでナンノコッチャラと思っていたら結婚式の段取りを組んでいるとか。

は?あの妹が結婚「式」?
お前ドレス着たがるようなファンシーな女だったんですか…?
いやごめん私はそんな認識終ぞなかったわ。

式について金額のこと、人数のこと、具体的にではないが妹と母が相談している。
話題的に出る幕のない義弟。
一人離れた場所でやたら嬉しそうで、普段ならこんな女性事の話に噛んでくること絶対ない癖にやたら発言してるあのひと。

コントを見ているようだった。
なんだこの茶番。

そして私の脳に訪れる、一日分の地獄絵図の想像。

中村あゆむは妹の結婚式当日を迎えた!

会話する話題もその気も持てない親戚と社交辞令のおべんちゃらや挨拶で削られたHP回復にホイミを唱えた!MP残り85%。
出席者達の「(初顔合わせの)お姉さん」に対する緊張感に引きずられて削れたHP回復にベホイミを唱えた!MP残り63%。
「冠婚葬祭のTPOに合わせた振る舞い」を求められて削れたHP回復にベホマズンを唱えた!MP残り2%。
クソつまんねえ式次第の間インターネットで現実逃避も出来ず、何より大音量の聞きたくもない音楽や人の会話に晒され続けるDoTでHPが0%になった!

中村あゆむは死んでしまった。

そういう日がいつかは知らんが確定しているのかあ…と思うと、もう既にこの時点からぼんやりしてしまって、今交わされている相談に噛んでいく必要もなければ当日にはただ巻き込まれるだけのことでさっさと自室に戻ってネットにふけこんだりすればいいものを、どうもぼーっとその場に留まってしまっていたようで。

その時、妹が「あんたどうするん」と聞いてきた。

ん?

どうする?
どうするですと??
それは参加するのかどうかを聞いてるんですよね???

いや新婦姉ともなれば普通絶対参加なもんじゃないの結婚式って。
いやいや本音ぶっちゃければ「おうちで引きこもっていたいです^q^」ですけどそれ許されませんよね????

でもそこを敢えて確認してるってことは、本音言っちゃっていいの?イイの?いいのですか?????

ここまで1秒。

「出来れば参加はしたくないなー式次第中に倒れないって保証はもう出来ないしそうなったらせっかくの式が台無しやろ」

半ば(震え声)状態だったけど、言ってみた。

ああ、言ってしまった。
言ってしまったよ。
アホかお前は家族の慶事に出たくないとは何事じゃ、ってまたあの人が怒鳴るんだろうな…めんどいな…

妹「わかった」

ん?

わかった?
わかったですと??
要するに「参加したくないなら来なくていい」って意味ですよね???

「アホかお前家族の慶事に(」が来ないんですけど本当にいいんですね????

チラチラとあのひとの方や母の方など伺い見ていたけれど、どっちも何も言う様子なし。

あ、本当に出なくていいってことみたいだ、と理解した瞬間、心の中で一人サンバカーニバル

ホアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
ホアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

関係ないけどサンバって何でこう「喜びの踊り」って印象直結してるんでしょうね不思議。

それはおいといて成り行きについて誰も何も言わなかったこと、改めて聞いてみて何か別の用件を言いつかったりお小言食らうのではないかとビクビクしていたけれどそれすらなし、ということが確定した瞬間にもうニマニマが止まりません。

四半世紀を超える年齢生きてきて、自覚的に「甘えを家族に受容してもらった瞬間」だった。
もちろんこの時点でそんな自覚は全くなかったけど。

私に何が起きていたか

式に参加したくない理由は妹に直接申し述べた通り、自分の体調が理由で起きるかもしれない出来事を慶事に汚点の記憶として残すのも(まさかそうファンシーな女だとは全く想像したことなかったが)せっかくなのだし可哀想だ、というのも当然本音。

言わなかったけれど、妹の結婚式という地獄絵図の想像に自ら突撃する気には更々なれなかったのはそれ以上の本音。

でもそれらよりももっと強く式参加を辞退したかったのが「あのひとが妹の結婚(式)を喜んでいる姿を目の前で見る」という理由。

先にも書いたが、妹が彼氏と同棲してそこそこ順調にやっているというのをみんなが無言のウチに把握した頃から、どうせなら中途半端に他人のままでおらず早く結婚しろとうるさかったのだ。あの人は。

あの人が酒盛り友達としている近所のオッサン連中も、基本的には同じくらいの年齢の子持ちで、一人っ子はいざしらず2名以上いる息子娘のどちらも未婚というのは、オッサンメンバーの名前を聞く限りうちだけ。

別に、そういう連中と自分を比較して俺だけ出来ていない、という対抗意識と自意識の強い人ではない。もちろん全く無いとも言わない。これも理由の一つには間違いない。
でもどちらかというと「社会的に男親はこういう段取りをこなすもの」という概念の方と張り合っていたのではないかな、と感じている。

妻を娶り、家庭を設け、子を成し、子を育て、家庭を守り、子を送り出す、という「父」という「男」の甲斐性のうち、一番最後の「子を送り出す」ということが出来ていないことを、ずっと自らの宿題のように感じていたのではないか。

まだ私が自分自身さえ障害と呼ばれる特性を持っていることを知りも疑いもしなかった頃、結婚については「マナーとしてするものだ」と返ってきたことがある。
要するにあの人の結婚観というのは「自分の心が希求するからやることではなく社会常識だからやること」だったのだ。
先に述べた推測は、ここからの類推に過ぎないが、大きく外れているとも思わない。

しかし長女の私は、世間一般が考える自立した社会人女性のレールに乗って走れない類の人間であることがもう数年前からはっきりしていて、昨今に至っては詳細理解出来ないが「障害」という診断が降り、手帳も役所に認められて受領している状態。
そんな娘をもらってくれる相手を期待するのはさすがにあの人と言えど気が引けただろう。

そんな中、自由奔放に遊び回っていた次女が、男を連れて挨拶にも来た。家も出て二人で生活も始めた。

ようやく宿題を提出出来る時が来たのだと安心しただろうことは想像に難くない。
さあ結婚しろはよしろいつするんだ金なら出してやるから早くしろ、という言葉を母ならず私も聞いたことがあって、ああこの人にとって娘の結婚っていうのはそういうものなんだ、とその時新たな失望を伴った納得が心に去来した。

そういえば、昔あの人方の従兄弟の結婚式に妹抜き一家三人で参列した時、あの人が珍しく酩酊し絡み酒をしていた。それを見てドン引きしていた私。
母がその様子を目にし「可愛がってた甥っ子の結婚式だから嬉しくてたまらないんだ」と言ったのだった。

妹の結婚式に参列する際、従兄弟の結婚式程フリーダム出来るワケではない(来賓からホスト側になるのだしチャペルウェディングだからヴァージンロード歩く時粗相が出来ないなど面倒ごとの方が多い)けれど、どう見積もっても親戚周り(特に一番打ち解けているらしい長男である叔父)とは親しく酒を交わすはずで、その場ではようやく娘を結婚させられたよという話にきっとなるのだろう、という想像は出来た。

断っておきたいが、私は今までの人生で恋愛や結婚や妊娠願望を持った時期は一度もない。だからというワケではないが恋愛をしたこともないしそれらを視野に入れて男性と積極的に関わったこともない。

そもそも私が発達障害だと判明しなくても、私は結婚するような人生を生きていなかったはずだ。私がそこに見ていたのは最終的には自分を苦しめる他人の存在に押し潰される自分だったから。

発達障害の診断と精神障害者手帳の取得権利は、私を色んな物から開放してくれたのだが、恋愛や結婚に関する問題もその一つ。

話を戻す。
親戚とはきっと娘が二人もいて結婚一人目が次女で更にそれがもはや三十路の半ばってのは情けないけどそれでも何とかね、というような話をあの人がするとして、別にそこに私への嫌味や皮肉が存在するとは、少なくとも私自身は考えていない。
本人にその意図があろうがなかろうがどうでもいい。

ただ、その話をしたいのであれば私に気兼ねなくさせてやりたいとは思った。
とは言っても、もしその場に私がいても気まずい思いをするのは、私よりは母や妹だっただろうと思うが。

そんなワケで私が結婚できない娘でそれを不甲斐なく思う俺、という話に繊細になっていたのではない。
私達の不満やSOSはそっちのけで自分の成功をひたすら喜んでいるような、器の小さい老害爺の幸せそうな姿を見たくなかったのだ。

社会的にひとかたの男ならこうするということを出来た俺、という自分に喜ぶあの人の様子を想像するだけで吐き気を催す程嫌だった。
私の切実なSOSには何一つ応えてくれないくせに、要求は当たり前に投げてくる人間の幸せそうな姿を許容出来る程、寛容になれる余裕は私にはもうなかった。

少なくとも妹の結婚式なのだから、参加者に対する配役の決定者は妹。どのみちあの人がなんと言おうと金をなんぼ出そうが妹が姉は欠席で良いと言い切れば、それで終わったとは思うけれど。

そんな私の、「家族との連携より自分の都合を通そうとするワガママ」を甘受された瞬間と出来事が、この「妹の結婚式に参列しなくていいという許可」だった。

その後

母から何かを聞かされることなく、もちろん私から聞くこともなく、むしろ式当日にこれから出かける装いの母とあの人を見て「ああ、今日だったのか」と認識するくらい式の準備にも次第にも関わりのない生活を続けていて、そして妹は違う姓の人間になった。

結婚式に出なくて良い、という寛容な判断を示してくれた妹には、「建前:式に出なくてゴメンネ(本音:許してくれてサンキューな!)」ということで、式から半年程経った頃に阪急ホテルのオリンピア食べ放題をご招待しておいた。

その後なんだかんだで絶縁状態にまで至っているのだが、これはまた別の話。